「みんなできているのに、どうして私だけできない?」見えている姿がすべてじゃない|帯同者インタビュー
シンガポールで暮らしていると、周りの人がなんだか上手に生活を回しているように見えることはありませんか?
日本の食材も手に入りやすく、交通も便利。暮らしやすい環境だからこそ、毎日の生活に余裕がなかったり、子育てに疲れてしまったりすると、
「こんなに恵まれた環境なのに」 「周りは楽しそうに暮らしているのに」
と、自分だけうまくできていないように感じることもあるかもしれません。
でも、見えていないだけで、誰にでもうまくいかない時期や、人にはなかなか話せない悩みがあるのかもしれません。
今回お話を伺った木村香織さんも、シンガポールで二人の子どもを育てる中で、「みんなはできているのに、どうして私はできないんだろう」と自分を責め、心身ともに余裕をなくした時期がありました。
現在は、自身の経験をきっかけに、海外で暮らす駐在家族を支える「駐在ファミリーカフェ」の活動にも携わっている香織さん。
これまでのシンガポール生活を振り返りながら、「自分でやらなきゃ」と抱え込んでいた当時のこと、そして、人に頼ることで変わったことについて伺いました。

結婚、妊娠、子育て、海外生活が一度に始まった
香織さんが最初にシンガポールに来たのは2014年。夫のシンガポール駐在を機に結婚し、妊娠・出産を経て、長男が生後半年頃のときに親子でのシンガポール生活が始まりました。
「結婚と妊娠、子育て、海外生活が全部一緒に始まった感じでした。最初の10年くらいは、ずっとジェットコースターみたいでしたね」
もともと海外旅行が好きで、留学経験もあった香織さん。海外で暮らすことにはそれほど抵抗がなく、「まあ、何とかなるでしょう」と思っていたそうです。
一方、帯同を機に、それまで楽しく続けていた仕事は退職。海外生活に初めての子育てが加わった毎日は、想像していたものとは大きく違っていました。
「みんなできているのに、どうして私はできないんだろう」
最初に大きく余裕をなくしたのは、長男が1歳になる頃でした。
日本で出産したときは、両親や親戚など、いざというときに子どもを見てくれる人がいました。しかしシンガポールに戻ると、夫が仕事に出ている間は、子どもと二人きり。長男は体格がよく、とても活発な子だったため両手が腱鞘炎に。それだけでなく、一日中慌ただしく過ごし、座って食事をすることさえ難しい日もありました。
「その頃は、『何のために大学に行って、留学して、英語を勉強してきたんだろう』『私は何をやっているんだろう』と思っていました。仕事も好きだったし、自分の好きなこともできない。身体的にも精神的にもつらかったですね」

その後、長女が生まれると、今度は寝かしつけや激しい後追いで、食事や家事も思うようにできない日々に。次第に心身ともに余裕がなくなり、一度子どもたちと日本へ帰国して、実家で休養することになりました。
そんな中でも、周りを見ると、子どもを一人、二人、三人と育てながら、みんな普通に生活しているように見えたといいます。
「みんなはできているのに、どうして私はできないんだろう、と思っていました。でも今考えると、みんな何もなかったわけではなくて、そういうことを話していなかっただけなのかもしれません」
香織さん自身も当時、ちょっとした育児の大変さを話すことはあっても、本当につらい気持ちまで話せる相手は多くなかったそうです。
「できない自分」が許せなかった
大変な状況でも、香織さんにはヘルパーさんなど誰かに頼ることへの抵抗がありました。
「周りにヘルパーさんを頼んでいる人があまりいなかったので、『私はそこにお金を使っていいのかな』『私が頑張れば済むことなんじゃないか』と思っていました。ヘルパーさんを頼むって、なんだか自分に負けた感じがして」
子どもの頃から、大抵のことは「まあ、何とかなる」とやってこられた香織さん。振り返ってみると、その背景には「家事や育児は女性がするもの」という価値観の家庭環境や、世間で当たり前とされる「母親像」の影響もあったのではないかと話してくれました。
当時は、家事や育児は「母親なんだからできて当たり前。やらなければならない」と考え、知らず知らずのうちに自分を追い詰めていたといいます。
「自分のキャパシティも分かっていなかったんだと思います。これは得意、これは苦手ということも考えず、全部自分でやらなきゃと思っていました」
今振り返ると、一番苦しかったのは、家事や育児が思うようにできないことだけではなく、「頑張れない、できない自分を許せなかったこと」だったといいます。
「私ができないんじゃない。人手が足りなかったんだ」

転機になったのは、日本で休養してシンガポールへ戻った直後。夫に1週間ほどの出張が入り、「これはもう無理」と、知人に紹介してもらったパートタイムのヘルパーさんを初めて頼みました。
夕方から来てもらい、洗濯物をたたんだり、掃除をしたり、子どもの食事やお風呂後の着替えを手伝ってもらったり。最後には食器やキッチンも片付けてもらいました。
「お願いしてみたら、『なんでもっと早く頼まなかったんだろう』と思いました。そこで初めて、私ができないんじゃなくて、物理的に人手が足りなかったんだって気づいたんです」
それまで「自分が頑張ればできること」と思っていた家事や育児。でも、誰かの手が一つ増えただけで、生活は大きく変わりました。
「座ってご飯が食べられるって、すごいんですよ(笑)。気持ちと時間と身体に余裕ができました。人に頼っていいんだ、これは勝ち負けの問題じゃないんだと思えるようになりました」
その後は、夫の出張時など、本当に必要なときにはヘルパーさんをお願いするようになりました。
頼れる先は、「大変になる前」に持っておく
香織さんがもう一つ、自身の経験から感じているのが、「本当に大変になってから、頼れる先を探すのは難しい」ということです。
「日本だったら、何かあったときに家族に『ちょっと来て』と言えることもありますよね。でも海外だと、それができない。夫が出張のときは、『もし私が倒れたら、この子たちを見る人がいない』というプレッシャーもありました」
ヘルパーさんを頼むにも、探したり、面接したりと準備が必要です。病院やカウンセリングなども、いざ必要になってから自分に合う場所を探すのは簡単ではありません。
「だから、結構なんともないときに調べたり、試したりしておいた方がいいと思います」
今では、夫と家事を分担したり、長期休暇にはホリデーキャンプを利用したり、忙しいときにはデリバリーを使ったり。
以前のように「全部自分でやらなきゃ」ではなく、そのときに必要な方法を選ぶようになりました。
「自分が困ったから、次に来る人が困らないように」

こうした自身の経験は、現在、香織さんが携わっている「駐在ファミリーカフェ」の活動にもつながっています。
シンガポールに来たばかりの頃は、子どもを連れてどこへ行けばいいのか、病気になったらどこを頼ればいいのか、分からないことばかり。一つずつ情報や頼れる人を見つけていくことで、少しずつ生活しやすくなっていったといいます。
「駐在ファミリーカフェ」では、海外生活の体験談や生活情報を発信するほか、世界各地で暮らす駐在家族がつながるオンラインコミュニティも運営しています。
「私たちの経験や情報が、誰かの生活の一助になればと思っています」
▶︎ 駐在ファミリーカフェ
「人を頼っていいんだよ」
最後に、今「周りはちゃんとできているのに」「私はもっと頑張らなきゃ」と感じている人に伝えたいことを聞きました。
「人を頼っていいんだよ、って伝えたいです。ヘルパーさんでもいいし、日本の実家でもいい。どうしてもつらかったら、一度日本に帰ったっていい。信頼できる友達に話したっていいと思います」
周りがうまくやっているように見えても、見えているのはその人の生活の一部分。
LIFE TIPSでも、シンガポールで暮らす皆さんのさまざまな経験をお届けすることで、「そんなふうに感じるのは自分だけじゃないんだ」「こういう考え方ややり方があるんだ」と思ったり気がついたりするきっかけをつくっていけたらと思います。
木村香織さんプロフィール:

駐在ファミリーカフェ ボランティアメンバー。2児の母。
空港での旅客サービスや博物館の解説員、広報誌の編集、教員の海外派遣事業における研修会運営や事務補助など、多様な職種を経験。現在は、駐在家族を支援する活動に携わっている。世界各地のメンバーとオンラインで協働し、駐在帯同者を対象とした悩みや不安を共有する座談会の企画・運営を行っている。2026年3月~(公財)日本女性学習財団キャリア支援デザイナー。
駐在ファミリーカフェについて:
海外駐在に同行する家族をサポートする「海外生活情報・交流サイト」。渡航前から本帰国まで、世界各地の駐在家族によるリアルな体験談や、子育て・教育、ライフキャリアなどの生活情報を発信しています。オンラインコミュニティやイベントなどを通じた交流の場も提供しています。






